【 Reindeer's Story 3】
『地球に住む皆様へ、ささやかな贈り物です。
―――貴方たちとは別の世界に住む者達より。』
わしは歓喜の声を上げ、この不思議な来訪者を大いに歓迎したのじゃ。
是非、わしの山小屋へ招きたいことをトナカイに伝えると、
彼は、後を黙ってついてきてくれての。
それはそれは嬉しかったんじゃ。
わしは山小屋に戻り、トナカイの荷物をその背から降ろし、荷を部屋に入れ、
力強い不思議なトナカイは…少し躊躇したんじゃが、
あたたかい暖炉の前に招き入れることにした。
馬用のものだが、干草もたっぷりと与えた。
異世界からの客人は、丁重にもてなさなくてはならないからのう。
わしが荷解きをし、熱心に添付された手紙を読んでいる間に、
トナカイはすっかり眠りに入ってしまったようじゃった。
期待を込めて広げた荷は、本当に不思議なものばかりが詰まっておった。
いやなに、この世界でも良く見るものばかりなんじゃがの、
小さな小物や、装飾品、雑貨なんだが…少し様子が違うのじゃ。
品物は不恰好で、素朴。
じゃが、生命力に溢れていて、まるで生きているようなのじゃ!
品物の包みに貼り付けられた紙には、こう書いてあった。
『僕たちは機械仕掛けのように精巧なものを作れるわけではありませんが、
手作りの品物に、命を吹き込むことができます。
それぞれの品物にも、物語が紡ぎこまれています。
物語と品物をあわせて、どうぞ魔法のようにお使いください。』
他にも、大小さまざまな鉱石が入っておっての、眩いばかりの輝きを放っているのじゃ。
宝石のように、とは言えないものの、原始的な力強さと、なによりもこの存在感じゃ。
これは名のある鉱山から採掘された物に違いない、とわしは考えたのじゃが…
面白い注釈がついておっての、こう、書いてあった。
『大地の神さまにお願いをして、
地球に生まれたがっているのに、順番待ちで退屈している石の精を、
少し前倒しで、クリスタルに変化させました。
産まれは地球の鉱石となるのですが、僕らの世界の心を持った鉱石たちです。
少し個性的ですが、みんな良い子たちばかりなので、仲良くしてくれると嬉しいです。』
…なんだか、不思議な事ばかりがかかれておるのだよ。
神や精霊や、魔法が存在するかのような、文面でのう。
そして、手紙の最後には、こう書かれていたのじゃ。
『僕たちの世界から、あなたたちの住む地球は見えませんが、
どうやら苦しい思いをしている人が沢山いるらしい、と旅のハチドリから聞きました。
幸せの魔法を忘れてしまった世界がある、と。
地球が、人同士で騙しあいや殺し合いをしたり、
森を崩したり、海を涸れさせたりして、
それが幸せに繋がると考えている世界だというのは、本当ですか?
ハチドリのいつもの冗談だったら良いのですが…
もし本当にそういう世界があるのだとしたら
僕達はとても悲しいです。
そこに住んでいる方々も、笑顔が少ないことでしょう。
そこで、少しでもお手伝いが出来ないかと、
僕たちの世界の仲間を集めて、応援物資を送ることにしました。
幸せの魔法を直接かけるわけにはいきませんので、
品物にこっそり込めて、トナカイに乗せてお届けします。
彼は世界の間を駆けることができる、不思議なトナカイなのです。
どうかこの荷物が届きますように、そして、僕たちの贈り物が、役に立ちますように。
―――真心を込めて』
なんとも感慨深い手紙じゃった。
空を飛ぶトナカイが目の前にいる以上、
この品物は、異世界から運ばれてきた物と考えて間違いはないじゃろう。
だが、この沢山の贈り物を、わしで独り占めするわけにはいかんじゃろう。
どうした物か、と紅茶で染めたような色の手紙を見つめていると…
またもや不思議が起こったのだよ!
なんと、手紙の最後の文の下に、光る文字が浮かび上がってきたのじゃ!
光がくっきりと浮かび上がり、変色し、錆色のインクとなって紙に定着し…
次のような文が追加されたのじゃ。
『追伸
もしこの荷を受け取ってくれた貴方がよろしければ、
この品々を必要としている人に、届けてもらえますか?
どんなに立派で特別なトナカイでも、
沢山の荷物を背負って品物を配り歩くのは、少し無理があるのです。
僕たちの品物には、
品物を心から必要としている人が、
ふわりと魅了されるような魔法がかかっています。
貴方が配りまわらなくても、きっと人々の方からやって来てくれると思います。
もし必要としている人が現れたら、品物をその人の元へ旅立たせてあげてください。
どうぞお願いいたします。』
ほほう…なるほど。
わしは、この素晴しい魔法の品々を、しかるべき所へ旅立たせる役目をしなくてはならないのじゃな。
わしは老いぼれで、変わり者と呼ばれている森の隠居者じゃ。
果たして、異世界からのこの純粋な期待に副えるかどうか。
だが、やってみようと思ったのじゃ。
目の前でトナカイが宙を蹴り、不思議な品物を手に入れ、
更には不思議な手紙までを読んでしまったからにはのう、やるしかないというものじゃ。
わしは、了解の旨の返事を、何度も書き直しながら、なんとか仕上げ、
トナカイに、あちら側の世界の差出人に届けるよう頼んだ。
トナカイが空を駆け上がって、月の影に消えたのを見届けた後に、
わしは自分の住む山小屋を綺麗に掃除し、品物を丁寧に並べ、品々の持つ物語に想いを馳せたのじゃ。
…そうしたら、どうだろう。
今、まさにお前さんがわしの山小屋に訪ねて来たのじゃ。
まさか、こんなに出来すぎた偶然はあるまいよ。
わしも、お前さんも、あちら側の世界の者の魔法に、知らず知らずのうちにかかっているようじゃ。
さあ、腰を上げて…
小さな魔法の品々を、ゆっくりと眺めていっておくれ。
「気に入った物が無い」と焦らずとも、次のトナカイ便には何かがあるかもしれん。
そう、この山小屋は、トナカイ便で繋がっている、魔法の雑貨屋なのじゃよ。