あれはそう…吹雪がおさまった後の、夜のことじゃった。
月が、それはそれは綺麗でのう…わしは厚着をして、外に出たのだよ。
こういう神秘的な夜には、空気も凍り、あたりは静寂で満たされるものじゃ。
耳が痛くなる程の静けさは、ここにあるべき命の気配すら消してしまいそうな気さえする。
まあ、わしは構わずギュウギュウ雪を踏んで歩いていったんじゃがな。
年寄りには無粋な所があるのだよ。
歩けど歩けど、無愛想な雪と氷の世界…
それはそれは寒くての。
わしの鼻など、ツララが降りそうじゃったよ。
だがしかし、わしはどんどん進んで行った。
こんな神秘的な夜でこそ、『摩訶不思議』がひょっこり顔を出してくるものなのじゃ。
なぜわかるか、じゃと?
ほっほ、そりゃあ決まっておる。
わしがお前さんよりかはいくばくか、長生きをしておるからじゃよ。
さあて話を元に戻そうか…
夜の紺碧と、雪の潔白、そして夜空の星が素晴しく輝くこの大地で。
わしは寒さをこらえて森の奥へ奥へと進んでいった。
わしには確信があったのじゃ。
何かが、きっと起こるに違いないと。
…そうしたらほら、どうしたことじゃろう。
しばらく歩くうちに、空に…光る何かが見えたのじゃ。
最初はペガサスかと思うたよ。
何せ四本足の生き物が、光を蹴散らしながら空を走っているのじゃから!
わしはその場へ駆けていき、目を凝らした。
そして目を丸くしたのじゃ。
これはどうしたことか、空からトナカイが駆け降りてくるではないか!
なんとまあ、不思議なことよ!
トナカイは、雪の結晶と金の粉を蹴散らしながら、月の影から雪の上へと着地したのじゃ!
わしは目の前で起こっていることが、信じられなかったよ。
角も体格も、毛並みも、すべてが力強い不思議なトナカイが、
「なにも不思議なことなど無い」と、勘違いしてしまうほどの自然さで、大地へ降り立つ。
そしてその後、気がついたかのようにわしを見たのじゃ。
その瞳に宿る理性は、人知を超えておるような気がしたよ。
見つめられて、わしの方が怖気づいてしまっていたかの。
『お、お前さんは…そ、空を…降りてきたのじゃな?』
不思議を目の当たりにし、肝を冷やした老いぼれのわしの口からは、
結局のところ、そんな言葉しか絞り出せなかったわい。
今思い出しても、情けないことじゃ。
じゃが、それに気を悪くした風でもないトナカイは、わしの前で足を止め、首を下げたのじゃ。
トナカイの角の端からは、ペンダントのように木のプレートが下げられてあった。
どうやら、そのプレートをわしに見せたいらしい。
わしはトナカイに近づき、プレートを外した。
それは金粉をまぶしたようにキラキラと光る、素晴しいプレートじゃった。
そして…
ああ、なんということじゃろう。
わしは驚きと喜びの声を、同時に上げなくてはならなかった!
そのプレートには、こんなメッセージが書かれておったのじゃ。
『地球に住む皆様へ、ささやかな贈り物です。
―――貴方たちとは別の世界に住む者達より。』